イーストヴィレッジ/ロウアーイーストサイドの背景

Global Life
HORRY
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どうもHorryです!コロナ禍ですが、本日も「ニューヨーク列伝(著:高祖 岩三郎)」を読んでおります。

イーストヴィレッジのことですか?アルファベットシティなど、いろいろと名前がありますよね。

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そうなんです。マンハッタンの日本人街などとも言われており、私は当時、カラオケ(Singsingさん)やみそ屋(味噌ラーメンがおいしいラーメン屋)にお世話になりました。グラマシー周辺は住宅街って印象であまり行きませんでしたが、その南には良く行きました。

私はウクライナ系のレストランに行きました、ウクライナの美術館もありますし、めずらしい体験ができました。いろいろな人種が住んでいるんですね。

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Locationwise(立地的にも)、アスタープレイス駅の近くですし、アクセスしやすいですよね。ウクライナ、スラヴ系のレストランと言えば、セルビア系のレストランがトンプキンス公園の奥側にあり、行きました。東京にはウクライナ系、またはセルビア系のレストランはないので、レアな体験が結果としてできました。そういえばリトルポーランドというレストランにも行きました。

キルバサのソーセージ、美味しいですよね。日本でも通販であれば手に入るようなので、買ってみます。

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美術館といえばコンテンポラリーアートのNew Museumに行ったのを思い出しました。ノリ―タにあるんですね。その近くにKatz’s Delicatessen、Tenement museumがあります。Tenement museumには行かなかったので非常に後悔しています。実はこのミュージアムがロウアーイーストサイドからNYCをはじめアメリカの住宅事情を良く説明できています。

ハーレム暮らしが長いわりに、かなりロウアーイーストサイド好きじゃないですか?背の低いアパートが立ち並んでいるという意味では少しイーストハーレムと類似しているところもあります?

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ハーレム・ルネッサンスが起こる前(1900年までは)は、ハーレムはイタリア系、ドイツ系、ユダヤ系などの白人が多いエリアでもありました。もともとはファイブポインツまたテンダーロイン(Red light district とされたダウンタウン周辺)に黒人が沢山いたのです。(その黒人も南北戦争から逃げて北のマンハッタンに来たのですが)しかし、アイルランド人と仲が悪く、黒人はハーレムに移動したとのことです。

1800年代のマンハッタンダウンタウンはどんな感じだったのですか?

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人々はCellar house(要はBasementでの地下生活)、また良くてTenementという安い借り家に住むのが普通で、不衛生な環境にたくさんの人が集まっていたので、政府や不動産ディベロパーとよく対立していたようです。Wall street周辺とセントラルパークの開発によって、どんどん力のない民衆は北に追いやられていったみたいですけど。追いやられて戻るにも馬車に乗るお金がないので、北に定住していきます。

たくさんの多様性が政府の力によって、ビルの下敷きになってしまったようですね。

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はい、今でもロウアーイーストサイド/イーストヴィレッジが多様性豊かであり、非資本主義っぽく、ただ歴史や文化の名残がある理由は決してノスタルジックな民衆心理を反映させたいわけではありません。民衆による激しい反政府の講義、スクワッターやホームステッダーという古い住宅をリノベーションして再開発する民衆の努力の結晶が反映されています。NPOにも地域は認められ、市と微妙なバランスをとりながら、市の都市開発とは違う形で移住のニーズを満たす住居が立ち並んでいます。

その歴史がTenement museumにあるということですね。

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はい、日本でもコロナ禍以前ではシェアハウスブームが到来していましたが、要はシェアハウスどころか場合によっては何のルールもなく、2-3家族が一緒のスペースに住んでいたりいろいろ法的に問題があった質の悪い生活環境がTenementと言われていたそうです。ただ、そこには文化があり、コミュニティーがあり、市の独断でビルの下敷きになるにはあまりにも惜しい多様性に満ちた空間だったと私は推測します。(だれかが火をつけたり、水を止めたりしてそのコミュニティーを破壊しつくしたとのことです。)

あまりに日本と文化が違うので驚愕ですね。ちょうど夏目漱石の「心」や「ぼっちゃん」の時代じゃないですか。心ではたしかにKとの下宿シェアハウス生活で悲惨な目にあっていましたが…。NYCほど町自体が荒れ狂っている感じはないですね。江戸なので活気はありそうでしたが、政府による開発でEvictionみたいなことって江戸はあったのでしょうか…。

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調べておきます。ただ当時のNYCによって、人がどこに住むかという戦いは本当に熾烈なものだったようです。当時は60万人の黒人やラテン系の住民が、放火などによってそのTenement住宅から強制移動を強いられました。当時のファイブポインツ、テンダーロイン(風俗街)は大きく変わることになりました。同じ様なことがのちのブロンクスでも起こります。

なるほど、今では新しいとまでは言えずとも(たまにガス爆発が起きる)ヴィンテージモダンな建物、お店、公園なんかも小ぎれいでほのぼのとした雰囲気が楽しめる良いエリアとなっていますけどね。家賃はシェアハウスでカギ付き個室、1200ドルくらいでしょうか。(そもそもカギ付きって本当はダメみたいですけどね。)

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公園は小ぎれいで政府がスクワッターを排除するために開発したように見えるのですが、どちらかというと公園はスクワッター(住民)サイドが園芸技術を身につけて開発し、民衆のディベートの場にしつつ、NPOに保護してもらい、市から開発の手が出にくい状態にしているということですね。トンプキンス公園をはじめ政府のNYCPARKとして完全に市が管理しているものかと思っていたのですけど、ちょっと混乱しています。

東京でも再開発の公園などはホームレスなどのたまり場になっており、デモが起きていますよね。ホームレスというか住民のためにも無理な開発は良くないという感じで。ある程度、反抗意識を見せて置くのはどこの国でも大切なことなのではないでしょうか。

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内乱ばかりではなく、のちにニューディール政策の一環の公共事業の促進によって、車によってある程度地方から出勤できるようになるとまた住宅体系も変わってきます。「ニューヨーク列伝」では「非場所」という表現を使っているのですが、ニューヨークは各ブロック、建物の中だけで異空間(さまざまな文化が空間にある)場所であり、アメリカのニューヨーク市であって、異国であります。さらに仕事が終わって郊外の家の空間に帰るという概念、新たな外部性が人々の生活に加味されます。

郊外で畑を耕して一生そこで生活する人もいるのに、ずいぶんと忙しく複雑ですね。

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本の中でマルクス主義、構造主義、という言葉が出ており、メタな話なのであってるかわかりませんが、少なくとも前述のエリアは資本主義的ではない、普段は目に見えないはずの人間の社会的・文化的な状態を作っている(構造主義の)エリアだと思います。はい、複雑になっています。

頭をつかったので、眠くなってきました。

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そうですね、今回はこれぐらいにして寝ましょう!ではまた!

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